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灑脫的心境

親の薦める


客間の大卓にお茶と茶菓を用意させて、数馬は結衣と二人で向き合った。数馬の姉が結衣の乱れた髪を直したらしく、また姉の着物がよく似合って、あの慇懃無礼な娘はどこかに去り、可愛らしい結衣が座っていた。
  「昼間、あなたは若い武士たちに襲われたのではないですか」
  「その通りです。わたくしには、親の薦める縁談を断っても一緒になりたい人がいます」
 それは、まだ医者見習いの農家の三男坊松吉という若者で、町の養生所に住み込んでいると打ち明けた。
  「その人の名を騙(かた)って、誘(おび)き寄せられたようですね。御難の相が顕れていると申し上げたときの、あなたの一途な気持ちがそれを物語っていました」
  「はい、愛しい人に逢いたい一心でした」
 しかし、呼び出された場所に行ってみると、無頼の旗本の若様が待っており、廃屋に連れ込まれて取り巻きの若い男たちと共に乱暴されたという。
 このまま家にも帰れず、こんなにも汚れてしまった体で愛しい人のところに行く気にもなれず、思い余って川に身を投げたところを数馬に助けられたのだった。
  「旗本は町方には手が出せません。ですが、そのために目付が置かれているのです」
 旗本の若様については、数馬が調べて「手を打ちましょう」と言った。  この若すぎる武家の御曹司に何が出来るのだろうと、結衣は内心「気休めだろう」と、考えていた。
 娘の両親に知らせに走った能見家の使用人が、「そんな娘は要らないから、焼くなり煮るなり、能見さまにお任せします」との返事を持って戻ってきた。
  「そうで御座いましょう。多分私はあの両親の娘ではないと思います」
 結衣もまた平然としていた。
  「それにしても、呆れ申した」
 数馬は、こんな親子も居るのだと、世の中の広さに驚かされた。
  「わたしの占いでは、あなたは幸せを掴むと出ています」
  「こんなわたくしが、で御座いますか」
「はい、明日松吉さんに会いに行きましょう」
  「こんな汚れた体で、嫌でございます。もう、生涯あの方のことは考えないようにします」
  「体の傷跡も、心の傷跡も生涯消えることはありません。でも、痛みは消えます。松吉さんの愛が本物であれば、きっと彼が痛みを取り除いてくれるでしょう」
 これ以上悲しい思いはしたくないと渋る結衣を「わたしの占いを信じて…」と宥(なだ)め、ふたりは松吉が働く養生所へ向かった。
 結衣が自分に会いにきてくれたことを、松吉は大喜びして迎えてくれた。数馬は、その喜びが「すーっ」と消えることを話さなければならなかった。結衣に起こった一連の身の上を包み隠さず聞いた松吉の顔色が変わった。
 やがて怒りの表情になり、壁に自分の頭を打ち付けた。怒りは、旗本の無頼息子に向けたものではなかった。その話を聞き、怯(ひる)んだ自分への怒りであった。
  「もし私が武士であったなら、その男たちを斬り、私も切腹して果てたでありましょう」  松吉が流す涙は、血も混じりかねなかった。   「私の復讐は、医者を志すものとして結衣さんの傷を治すことです。医者としては、まだまだ未熟ですが、結衣さんへの愛は誰にも負けません」
 数馬は、自分の占い、いや、読みが正しかったことを確信した。
  「結衣さんの行き場所がないなら、この養生所で私と一緒に働きませんか?」
 ちょうど、病人を介護する女手が足りなくて困っていたところだった所長は、「是非」と、言ってくれた。  食事と寝所は提供するが、お給金は「雀の涙」程しか出せないと所長は恥じながら言った。私立の養生所は、お上が運営する養生所のようにお上からの助成金が皆無だからである。
  「それでも構いません」と、結衣は快諾し、いつの日か松吉の妻になることを夢見た。
  「私が医者になれたら、ご両親のところへ挨拶に行きましょう」
 松吉の胸も膨らんだ。
  「その頃は、数馬さんも立派な大人に成られておいででしょう。私たちの媒酌をお願いします」
  「立派な大人かどうかは補償の限りではありませんが、引き受けましょう」
 実のところ数馬に自身はなかった。媒酌人は夫婦でやるものだから…。

 日を改めて、数馬は北町奉行を訪ねていた。無頼の旗本の若様を突き止めたこともあり、二つの願い事をするためであった。
 一つは、登城の際に無頼の若様の父上に耳打ちしてほしいことがあると、断られることを承知で願ってみた。
 一言、「ご子息三男坊の暴虐ぶりをお目付けに進言しょうとしている者がいます。お気を付けられますように」と。
 もう一つ、下崎町の薬種問屋、蔦ノ屋の娘結衣が受けた難儀と、両親の娘への仕打ちなどをこと細かく話し、時が満ちてこの二人が結ばれるとき、この冷酷な両親に会いに行き、「駆け落ち者」と訴えられる恐れがある。そうなれば、松吉は死罪を免れない。駆け落ちではないというお奉行の「お墨付き」を、この二人に持たせてやりたいという数馬の親心である。

  「数馬に親心があるとは、恐れ入った」 と、大笑いしながらも遠山影元は筆を執った。  それ以後、無頼の若様の悪い噂がすっかり消えた。
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